写真に猫が隠れてるよ!
ハヤシ工務店 広報の園芸担当 加瀬です。
気温もだいぶ安定してきて、外で少し動いていると「ちょっと暑いな」と感じるくらいの陽気になってきました。
こうなってくると、いよいよ“あの季節”ですね。植物をいじり出す時期です。
先日の休日も天気がよくて、これはもうやるしかないなと。
冬の間、家の中に避難させていた植物たちや、しっかり防寒していた鉢なんかを外に引っ張り出してきました。
久しぶりに日光に当ててやると、なんとなくですが植物も嬉しそうに見えるんですよね。
完全に気のせいかもしれませんが、あの感じ、嫌いじゃないです。
ついでに園芸店にも寄って、いくつか花を買ってきまして。
そのままの流れで植え替えや植え付けを一通りやりました。
土を触って、鉢を動かして、水をやって。
特別なことをしているわけではないんですが、この一連の作業、やっぱりいいものです。
ひと段落したあとの視線
一通り終わって、「ふう〜」と一息ついたときでした。
なんとなく顔を上げた先に、庭が広がっていまして。
普段から見ているはずの景色なんですが、そのときは妙に意識に入ってきたんですよね。
ああ、広いな、と。
いや、別に急に広くなったわけではないんですが。
作業をしたあとだからなのか、いつもより少しだけ“庭そのもの”を感じたというか。
そこでふと、「庭って、けっこう大事だよな」と、改めて思いました。
家づくりと外構の距離感
家づくりの話になると、どうしても建物そのものに意識が向きがちです。
間取りがどうとか、素材がどうとか、設備がどうとか。
もちろんそこはすごく大事なんですが、庭や外構って、意外とその後に考えられることが多い気がします。
どちらかというと「最後に整えるもの」みたいな扱いというか。
でも実際にこうやって庭で手を動かしていると、どうもそれだけじゃないなと感じます。
むしろ、暮らし方に直結しているのはこっちなんじゃないか、なんて思ったりもして。
ライフスタイルが出る場所
庭って、かなり正直な場所だと思うんですよね。
どう使うか、どこに手をかけるかで、その人の生活がそのまま出てくるというか。
例えば、しっかり手入れされた植栽が並んでいる庭もあれば、最低限の管理でラフに使っている庭もある。
どちらが正解というわけではなくて、その人に合っているかどうか、ただそれだけなんですよね。
今回みたいに、休日に植物をいじって過ごす時間が心地いいと感じるのであれば、それを受け止めてくれる庭があったほうがいい。
逆に、そこにあまり時間を割かないのであれば、手間のかからない構成にするべきですし。
そう考えると、外構って単なる“外側のデザイン”ではなくて、かなり生活に寄った部分なんだなと感じます。
手をかける余白
今回の作業もそうですが、庭って“やることが残っている状態”くらいがちょうどいいのかもしれません。
完成されすぎていると、逆に手を出しづらくなるというか。
少し余白があるからこそ、「今日はここをいじろうかな」とか、「次はあれをやろうかな」と思える。
この余白って、家の中にも通じる話だと思うんですが、全部を最初から整えすぎないというのも、ひとつの考え方なんですよね。
暮らしながら手を加えていく余地を残しておく。
そのほうが、結果的に愛着も湧きやすい気がします。
外と内のつながり
庭の存在を意識すると、自然と家の中との関係も気になってきます。
例えば、リビングからどんなふうに見えるのかとか。
外に出やすい動線になっているのかとか。
せっかく庭があっても、そこに出ていくのが面倒だと、だんだん使わなくなってしまいますからね。
逆に、ちょっとしたきっかけで外に出られる環境があると、自然と庭との距離も近くなる。
このあたりは設計の段階から意識しておくと、かなり変わってくる部分だと思います。
園芸の延長にあるもの
今回のように植物をいじる時間って、単純に楽しいというのもありますが、
それ以上に「整えている感覚」があるのがいいのかもしれません。
土を整えて、配置を考えて、水をやる。
少しずつ環境が整っていく感じ。
これって、建築ともどこか似ているんですよね。
一気に完成するものではなくて、手をかけながら少しずつ形になっていく。
その過程も含めて楽しむもの、という意味では共通している気がします。
ふう〜のあとに残るもの
あのとき一息ついたときの感覚が、なんとなく残っています。
作業の疲れと、ちょっとした達成感と、心地よい空気。
その中で見た庭の景色が、普段より少しだけ意味を持って見えた気がしました。
たぶん、特別なことは何も起きていないんですが、
こういう何気ない瞬間が、暮らしの中では意外と大事だったりします。
園芸の季節が来るたびに、また同じようなことを繰り返すんだと思います。
そのたびに、少しずつ庭の見え方も変わっていくのかもしれません。
まあ、それも含めて楽しめればいいかなと。
そんなことを思いながら、また次の作業のことをぼんやり考えています。
