ハヤシ工務店 広報の肉焼き担当 加瀬です。
先日、ゴールデンウィーク真っ最中のららぽーとへ行ってきました。
目的としては、買い物半分、ちょっとした遠足半分みたいな感じです。
ゴールデンウィークって、どこへ行っても人は多いんですが、
逆にあの“みんな動いてる感”みたいな空気、嫌いじゃないんですよね。
普段より少し特別感があって、ただ買い物に行くだけでも、なんとなくイベントっぽくなるというか。
そんな中、昼食はフードコートで済ませることになりまして。
いろいろ見て回った結果、自分は「極味や」のハンバーグステーキをいただきました。
自分で焼くという体験
まあ、美味しかったです。
それはもう、言わずもがなという感じなんですが。
ただ、今回個人的に強く印象に残ったのは、味そのものというより、“自分で焼いて食べる”という体験のほうでした。
熱々の石の上にハンバーグを置いて、焼き加減を調整しながら食べる。
あれ、久しぶりにやりました。
正直、冷静に考えると、店側からすれば最後の仕上げを客側に委ねているとも言えるんですが、不思議と「やらされている感」がないんですよね。
むしろ、自分で手を加えることで、ちゃんと楽しい。
ジュウっと音がして、少し香ばしい匂いが立って。
「あ、今いい感じだな」と思いながらひっくり返す。
ただ食べるだけではなくて、“完成まで参加している感覚”があるんです。
美味しいだけでは足りない時代
最近、「UX」なんて言葉を耳にする機会も増えました。
ユーザー体験、なんて訳されたりしますが、結局のところ「その人がどう感じるか」という部分ですよね。
これ、昔以上に大事になってきている気がします。
単純に性能がいいとか、美味しいとか、かっこいいとか。
もちろんそこは大前提なんですが、それだけでは決め手になりづらいというか。
“それを通してどんな時間を過ごせるのか”みたいな部分まで含めて価値になっている。
今回のハンバーグも、まさにそうだった気がします。
もし普通に焼かれた状態で出てきても、きっと十分美味しかったと思うんです。
でも、自分で焼く工程が入ることで、記憶への残り方が変わる。
こういう“付加価値”って面白いなと、石板の上で肉を焼きながらぼんやり考えていました。
車のデザインの話
よく車の話なんかで聞きますよね。
昔は「かっこいい車を作る」という方向性が強かったけれど、最近は「その車でどんな時間を過ごすか」を重視している、と。
例えばアウトドアに行きたくなる車だったり、家族との移動時間を快適に過ごせる車だったり。
単純な“モノとしての魅力”だけじゃなく、その先の行動まで含めてデザインされている。
これ、すごく分かる気がします。
結局、人って物そのものだけを買っているわけじゃないんですよね。
その先にある体験や時間も含めて選んでいる。
家づくりにもある体験価値
そしてこれ、家づくりでもかなり大事な話だと思っています。
住まいって、もちろん見た目も重要です。
オシャレだなとか、かっこいいなとか、風情があるなとか。
でも、それだけでは終わらないんですよね。
その家でどんなふうに朝を迎えるのか。
どこでコーヒーを飲むのか。
休日に何をして過ごすのか。
そういう“暮らしている時間”まで含めて考えることが、当たり前に感じるかもしれないんですがすごく重要なんじゃないかなと思います。
暮らし方をデザインする
例えば、大きな窓があるとして。
それ自体が目的ではなく、その窓から庭を眺めながら過ごす時間に価値があるわけです。
広い土間があるとしても、「土間がかっこいい」で終わるのではなく、
そこに自転車を置いたり、植物を並べたり、帰宅後に少し腰掛けたり。
つまり、“空間の使われ方”まで含めて設計されているかどうか。
これって、かなり大きい気がします。
住まいを考えるとき、どうしても間取りや性能、デザインに意識が向きますが、
本当はその先にある「どんな時間を過ごしたいか」のほうが、もっと大事なのかもしれません。
手を加える余白
今回のハンバーグを食べながら思ったのは、“少し参加できる余白”って、人を楽しくさせるんだなということでした。
完成されたものを受け取るだけじゃなくて、自分でも少し手を加えられる。
焼き加減を調整したり、食べるペースを考えたり。
その小さな参加感が、満足度につながっている気がします。
家も似ている部分がありますよね。
全部が完璧に整いすぎていると、逆に暮らしが入り込む余地がなくなることがあります。
少しだけ余白があって、自分たちで使い方を育てていけるくらいが、ちょうどいい。
植物を増やしたり、家具の配置を変えたり、季節ごとに使い方を変えたり。
暮らしって、完成形を固定するものではなくて、少しずつ変わっていくものなんだと思います。
フードコートで考えること
それにしても、フードコートでステーキを焼きながら、家づくりのことを考えている自分もどうなんだろうとは思いました。
普通なら「美味しかったね」で終わる話なんですが、
気づくと「体験価値とは…」みたいな方向へ思考が伸びていく。
でも、こういう日常の中で感じたことって、意外と大事なんですよね。
特別な勉強をしなくても、ふとした瞬間に「あ、これって住まいにも通じるな」と思えることがある。
そういう積み重ねが、たぶん仕事にも活きてくるんだと思います。
美味しいの先にあるもの
あのハンバーグは、間違いなく美味しかったです。
でも、記憶に残っているのは味だけではなくて、“焼いていた時間”そのものなんですよね。
ジュウジュウ音を立てながら、焼き加減を見ていた時間。
「あ、これくらいがちょうどいいな」と考えていた時間。
そういう体験があるからこそ、ただの食事ではなく、“記憶に残る時間”になる。
住まいも、きっと同じなんだと思います。
ただ住む場所ではなく、そこにどんな時間が流れるのか。
どんな景色を見て、どんなふうに過ごしていくのか。
そういう“暮らし方”まで含めて考えること。
それが、家づくりにおいてすごく大切なことなんじゃないかなと、石板の上でステーキを焼きながら、そんなことを考えていました。
