ハヤシ工務店 広報の桜担当 加瀬です。
サクラってそういう意味ではないですからね~
先日、千葉県小見川にある城山へ、家族で花見に行ってきました。
きっかけは昨年のことなんですが、父がふと「桜でも見に行きたいな」と言い出しまして。まあ気まぐれですね。
それで連れて行ってみたら、これが思いのほか良かったみたいで。今年も自然と「じゃあ行くか」という流れになりました。
こういうの、いいですよね。
大げさな計画でもなく、誰かの一言がきっかけで、なんとなく毎年の習慣みたいになっていく感じ。
本人はそこまで深く考えてないんでしょうけど、気づいたらちゃんと続いてる。そういうの、嫌いじゃないです。
夜に咲く桜の表情
今回も行ったのは昼じゃなくて夜、いわゆる夜桜です。
昼の桜ももちろんいいんですが、どうも自分は夜のほうがしっくりきます。
ライトに照らされた花びらって、ちょっと現実離れしてるというか。
同じ木のはずなのに、昼とは全然違う顔をしてるんですよね。あの感じ、毎回ちょっと不思議だなと思いながら見てます。
ただ今年は、タイミング的には少し遅かったみたいで。
連日の強い風もあって、ピークは過ぎ気味でした。
地面には花びらが広がっていて、枝もどことなく軽くなってる。
でも、それでも十分きれいなんですよね。むしろ、満開よりちょっと崩れたくらいのほうが、妙に印象に残ったりします。
ああ、終わりに近づいてるな、っていうあの感じ。
なんとなくですが、あの一瞬に惹かれる理由も分かる気がします。
有名すぎる花の、その先
桜といえば、やっぱり花ですよね。
ここまで“花のイメージが強い木”って、なかなか無い気がします。
この時期になるとニュースにもなるし、わざわざ見に行く人も多い。自分もまさにその一人なんですが。
改めて考えると、やっぱり特別な存在なんだなと思います。
ただ、そんな桜なんですが、実はもうひとつの顔があります。
それが「建材」としての桜です。
花の印象が強すぎて、木材としての桜ってあまり意識されないかもしれませんが、建築や家具の世界では普通に使われていたりします。
桜という木材の魅力
桜の木材って、ほんのり赤みがかったやわらかい色をしてます。
派手ではないんですが、ちゃんと温かみがある。主張しすぎないけど、ちゃんとそこにいる感じ。
この“ちょうどいい存在感”が、個人的にはすごく好きです。
それと、使っていくうちに色が少しずつ深くなっていくのもいいところです。
いわゆる経年変化ですね。
最初は明るめだったものが、時間とともに落ち着いていく。
これって、なんとなく桜の花とも似てる気がするんですよね。
満開のときだけがピークじゃなくて、散っていく過程も含めて魅力があるというか。
ひとつの状態だけで終わらない感じ、あれに近いものを感じます。
空間にすっと馴染む感じ
建材としての桜は、床とかカウンター、造作家具あたりで使われることが多い印象です。
例えば、リビングの一角に桜のカウンターがあると、それだけでちょっと空気がやわらかくなるんですよね。
オークとかウォールナットみたいに、「これです!」っていう強さはそこまで無いんですが、その分すっと馴染んでくる。
気づいたら当たり前にそこにある、みたいな。
こういう素材って、長く使うほど良さが出てくる気がします。
目立ちはしないけど、ちゃんと効いてる。そんな感じです。
花と木、その両方を見る
夜桜を見ながら、「この木も、いつか材料になるのかな」なんて考えてる自分に、ちょっと苦笑いしてしまいました。
せっかく花見に来てるのに、結局そういう方向に考えがいくんだなと。
でも、花としての美しさと、素材としての価値、その両方を持ってるって、やっぱり面白い存在だと思います。
花見のときって、どうしても“今この瞬間”に目がいきますよね。
それはそれでいいんですが、少しだけ視点を変えると、また違った見え方もしてくる。
こういう見方も、まあ悪くないかなと思ってます。
習慣と素材、似ているところ
毎年同じ場所に花見に行くようになると、少しずつその場所に対する感覚も変わってきます。
去年との違いに気づいたり、同じ景色の中に変化を見つけたり。
これ、建材とも少し似てるなと思います。
使い始めたときが完成じゃなくて、そこから時間をかけて馴染んでいく。
気づいたら、それが“自分たちのもの”になっている。
桜の木が季節ごとに表情を変えるように、木材としての桜も時間と一緒に変わっていきます。
その変化を受け入れていくことが、たぶん心地よさにつながるんでしょうね。
夜桜の余韻
帰り道、街灯に照らされた桜がやけに印象に残ってました。
ほんの一瞬なんですが、なぜかこういう風景って記憶に残るんですよね。
花を見に行っているはずなのに、そこから建材のことまで考えているあたり、少し回りくどい気もしますが。
でも、こういう寄り道みたいな思考が、意外と大事だったりもします。
たぶん来年もまた行くんでしょうね。
同じように夜桜を見て、同じようなことを考えてるのかもしれません。まあ、それはそれでいいかなと。
そんなことを思いながら、春の夜をあとにしました。
