「雨と暮らし」と言われています。 – スタッフブログ

「加瀬くん がなにか言ってます。」

スタッフブログ

「加瀬くん がなにか言ってます。」

「雨と暮らし」と言われています。

ハヤシ工務店 広報の雨男担当 加瀬です。

最近、全国各地で局地的豪雨による冠水被害が多数発生しています。

千葉県でも、2度にわたり被害が出ています。

ニュースやSNSを見ていると、道路が川のようになっていたり、車が水につかっていたり、住宅や店舗の中まで水が入り込んでいたり。

少し前までは、「大雨」という言葉を聞いても、なんとなく「今日は雨が強いな」くらいに考えていた気がします。

ところが最近は、雨の降り方そのものが変わってきたように感じます。

もちろん、昔から大雨はありましたし、私が子どもの頃にも台風や大雨で学校が休みになった記憶はあります。

ただ、短時間にものすごい量の雨が降る「局地的豪雨」というものが、ずいぶん身近になった気がするんですよね。

さっきまで普通だった道路が、気づけば水浸し。

「ちょっと雨宿りしていれば大丈夫でしょう」なんて思っているうちに、あっという間に状況が変わってしまう。

雨って、こんなに急に怖いものだったっけ。

そんなことを思う今日この頃です。

「冠水」は遠い場所の話ではない

冠水というと、以前はどこか遠い地域のニュースという感覚がありました。

テレビで映像を見て、「大変だな」と思う。

でも、次の日にはいつもの生活に戻る。

ところが、自分が暮らしている地域でも同じようなことが起こるようになると、そうも言っていられません。

特に怖いのが、「ここなら大丈夫だろう」という思い込みです。

いつも通っている道路。

いつも買い物に行く場所。

毎日車で走っている道。

普段何も問題がないからこそ、いざというときの姿が想像しにくい。

でも、大雨が降れば、普段の道路が水の通り道になることがあります。

側溝や排水設備の処理能力を超えるほどの雨が短時間に降れば、水は行き場を失ってしまう。

土地の高低差や周辺の地形によっても、水の集まり方は変わります。

「この前も大丈夫だったから、今回も大丈夫でしょう」

……これが一番危ないのかもしれません。

自然相手だと、「前回大丈夫だった」という実績が、次も大丈夫という保証にはならない。

なんとも厄介な話です。

家は「雨から守るもの」でもある

こうして考えてみると、住宅というのは、そもそも自然から暮らしを守るためのものでもあります。

雨が降れば屋根が受け止める。

風が吹けば外壁が受け止める。

暑ければ断熱や空調で室内環境を整える。

寒ければ暖房を使う。

つまり家というものは、人間と自然との間にある「境界」のような存在なのかもしれません。

普段はそのことをあまり意識しません。

屋根があるのが当たり前。

壁があるのが当たり前。

床が濡れていないのも当たり前。

でも、ひとたび大雨が降ると、その「当たり前」が急にありがたく感じられます。

窓を閉めていれば雨が入ってこない。

屋根があれば雨に打たれずに済む。

外は土砂降りなのに、家の中では普通にご飯を食べたり、テレビを見たりできる。

考えてみれば、これってかなりすごいことですよね。

普段は当たり前すぎて気にも留めませんが、家はずっと自然と戦ってくれているわけです。

家づくりでは「水」をどう考えるか

家づくりの現場を見ていると、家の性能というと、どうしても断熱や気密、耐震などに目が行きがちです。

「冬暖かい」

「夏涼しい」

「地震に強い」

もちろん、どれも大切です。

ただ、今回のような豪雨や冠水のニュースを見ていると、「水に対してどう考えるか」ということも、もっと身近なテーマなのだと思います。

家を建てるときには、建物そのものだけではなく、その土地について考えることが重要です。

どんな場所なのか。

周囲より高いのか低いのか。

道路との高低差はどうなっているのか。

雨が降ったとき、水はどちらへ流れていくのか。

周辺の排水状況はどうなのか。

過去に水害が起きたことはあるのか。

こうしたことは、間取りのように目に見える部分ではありません。

キッチンの色を決めるような楽しさもない。

「この土地は水が集まりやすいですよ」と言われても、家が完成した後の生活を想像するときには、なかなかイメージしづらい。

でも、暮らしを守るという意味では、非常に重要な部分です。

家づくりって、決めることが多すぎるんですよね。

床材、壁紙、照明、キッチン、浴室、収納、コンセント……。

打ち合わせをしていると、「もう全部決めたから、あとは好きにして!」と言いたくなるくらい、いろいろあると思います。

しかし、その中でも「見えないところ」にこそ、長く暮らすための大事な要素が隠れている。

豪雨や冠水のニュースを見ていると、改めてそんなことを感じます。

「ハザードマップを見る」という暮らし

そして、家づくりだけではなく、今住んでいる場所についても、一度確認しておいたほうがいいのだろうなと思います。

そのひとつがハザードマップです。

……と、偉そうに言ってみましたが、私自身も普段から頻繁に見ているわけではありません。

「避難所はどこだっけ?」

「この辺って水が来る可能性あるのかな?」

と聞かれたら、ちょっと自信がない。

こういうものって、災害が起きてから確認しても遅いんですよね。

平常時だからこそ確認できる。

自宅周辺の浸水リスク。

避難所までのルート。

大雨のときに危険になりそうな道路。

家族が別々の場所にいるときの連絡方法。

どれも、一度確認しておけば、いざというときの判断材料になります。

防災というと、非常食や防災バッグを用意することばかり考えてしまいます。

もちろん、それも大切。

でも、「そもそも自分の暮らしている場所がどんな場所なのかを知っておく」ということも、かなり大切なのだと思います。

水と戦うのではなく、付き合っていく

家づくりでは、「自然に負けない家」という考え方をしたくなります。

地震に負けない。

雨に負けない。

風に負けない。

暑さにも寒さにも負けない。

もちろん、そうした性能は大切です。

ただ、自然を完全にコントロールすることなんて、人間にはできません。

どれだけ頑丈な家をつくっても、想定を超える自然災害が起こる可能性はあります。

だからこそ、「自然と戦う」というより、「自然とうまく付き合う」という考え方も必要なのかもしれません。

雨が降ること自体を止めることはできない。

でも、水がどこから来て、どこへ流れていくのかを知ることはできる。

土地の特徴を知って、建物の計画に反映することもできる。

危険なときには早めに避難することもできる。

そう考えると、防災というのは特別な何かをすることではなく、普段の暮らしを少しだけ見直すことなのかもしれません。

「何も起きない」が一番いい

結局のところ、災害対策なんて、使わずに済むのが一番です。

防災バッグを一度も使わない。

避難所にも行かない。

家が浸水することもない。

それが一番いい。

でも、「使わないから意味がない」ということではないんですよね。

シートベルトだって、事故が起きなければ必要ありません。

火災報知器だって、火事が起きなければ鳴りません。

それでも、いざというときのために備えておく。

家も同じなのだと思います。

毎日の暮らしを快適にすることはもちろん大切。

でも、それと同時に、何か起きたときに家族を守れることも大切です。

今回、全国各地の冠水被害を見ながら、改めてそんなことを考えました。

「ここは大丈夫だろう」と思っている場所でも、自然は簡単にその想像を超えてくる。

だからこそ、土地を知る。

家を知る。

周辺環境を知る。

そして、雨が降ったときにどう動くのかを、少しだけ考えておく。

雨が降ることも、暮らしの一部

雨が降れば、植物が育つ。

田畑が潤う。

水が貯まる。

雨そのものは、私たちの暮らしにとって必要なものです。

だから、「雨=怖いもの」と考えるのも少し違う気がします。

問題なのは、雨そのものではなく、私たちが想定している以上の量が、想定している以上の速さで降ってくること。

そして、それによって普段の暮らしのバランスが崩れてしまうことなのだと思います。

そう考えると、これからの家づくりでは、「晴れている日の暮らし」だけではなく、「雨の日の暮らし」についても、もう少し考えていく必要があるのかもしれません。

雨の日に玄関までどう動くか。

雨水はどこへ流れるのか。

外部から水が入りにくいようにするにはどうするか。

停電や断水が起きたらどうするか。

避難するときには、どこから出るのか。

普段は考えもしないようなことですが、家というのは、晴れの日だけに使うものではありません。

雨の日も、風の日も、暑い日も、寒い日も。

そして、ときには想像を超えるような大雨の日も。

そんなすべての日を含めて「暮らし」なのだと思います。

最近の冠水のニュースを見ていると、家づくりというものは、見た目や間取りだけではなく、もっと大きな意味で「その土地でどう暮らしていくか」を考えることなのだと改めて感じます。

……まあ、晴れている日にそんなことを考えるのは、なかなか難しいんですけどね。

雨が降って、「今日は外に出たくないなぁ」なんて思いながら窓の外を眺めていると、急にいろいろ考えてしまう。

そんな何気ない雨の日こそ、自分たちの暮らしと自然との距離を見直す、ちょうどいいタイミングなのかもしれません。